ココロの耳をふさぐな。
AC(公共広告機構)のCMで続いている、江戸しぐさ。
他者への気遣い、いたわりをあらわす行動や心持が、さまざまな形で表現されています。
これって、さまざまな土地から集まった人々が、ひしめき合って暮らす江戸だからこそ発達した、マナーの知恵なのだと思います。
今の東京にも、同じことが言えるのではないでしょうか。東京に暮らす人は23区内で800万人を超えています。朝晩の都心の電車の混雑度は、慣れっこになってしまっているとは言え、快適と思っている人はほとんどいないであろう状況です。
だからこそ、人に不快にさせない。人に思いやりをもつ。そんな行動が、求められるんだと思います。
では、どんな行動が、不快にさせない、といえるのか。思いやりをもったものといえるのか。ここが、一番のポイントであり、意見もわかれるところかもしれません。
・人の足を踏む……踏まれた人は不快でしょうね。踏んだ人ももしかしたら、電車がひどく揺れたから、とか、自分に要因がない行動だったかもしれません。しかし、人の足を踏んだという事実はある。そこは、杓子定規に「私のせいじゃない!」と思うより、「すみません」と一言発することで、お互いの気持ちがやわらぐのではないでしょうか。
・食事をする・化粧をする……これについては、さまざまな意見があると思います。私としては、おおやけの場で、家など個的環境等で行うべき行動をするのは、品のないことだと感じています。が、声を荒げて制止するようなことでもないので、本人の自覚に頼らざるをえないかもしれません。もっとも、においのきつい種類のファーストフードや、香水・マニキュアなどの香りが強いモノは、最初から論外ですね。
・網棚の荷物について……最近、色々と見たり試している一つです。かなり混雑している電車だと、網棚がほとんど埋まっている状況ですよね。ただ、ますます混んできたときに、かばんなどを立たせることで設置面積を少なくし、他の人の荷物を載せる余地ができる、ということがあります。また、混雑度合いがやや楽な場合でも、乗ってきた人が奥までいけるような状況にない場合、ドア付近に立つことになります。こんなとき、ドアにもっとも近い場所の網棚に荷物を載せている人が、ちょっと奥へずらす。これを「すべき」と強制するものではありませんが、ちょっとスペースをあけてあげる。これも、より多くの人が少しでも快適になる小さな「江戸しぐさ」な気がしています。
・ヘッドホンステレオの音量……これについて、これまでさまざまな形で考えてきました。音量がどのくらいなら許容できるか、などは客観的基準がつくりにくいな、とも常々感じています。音楽を楽しむ、ということを否定するつもりはありませんが、公共の場で他人に音を聞かせてまで楽しむものでもない、ということも事実でしょう。
そこで、はた! と感じたこと。ヘッドホンの音量が大きめの人、耳をすっぽり覆ってしまうヘッドホンの人は、電車内でさっと人に気配りの行動をとりにくい、とらない、という傾向があるのです。
人間が得る情報の70%は、目=視覚から、とは言いますが、電車や公共エリアの場合だと、いろんな方面から、いろんなベクトルへ行動する人がいます。そんな状況を察知するのは、やはり、耳=聴覚なのではないでしょうか。
長くなりそうなので、2つに分けますね。申し訳ございません。
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